東京都豊島区目白 目白ポセンシアクリニック 美容整形,二重,目頭切開

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ジャックマイヨール

ジャックマイヨールについてご紹介します
jacques
ジャック・マイヨール

(Jacques Mayol)

1927-2001

「イルカとジャックマイヨール」

(水中活動研究所)より

ジム・ロジャーズ

ジャックマイヨールは、素潜りで人類で始めて水深100メートルまで達した男である。

私がジャックマイヨールを初めて知ったのは、高校1年生の夏、偶然テレビでジャックマイヨールが、ある島の現地人に呼吸法を教えている姿を見た時だった。

右、左と片側ずつ行う呼吸法で、島の素潜りで獲物を捕る漁師たちは、最初20秒程度しか海に潜れなかったのに、呼吸法を行ってから潜ると、なんと急に数分間海に潜れるようになったのだった。

当時、水泳のインストラクターをやっていた私は、早速この呼吸法を取り入れた。

この番組を観て数日後、教員の泳力テストがあったのだが、私はここで75m(この場合は垂直でなく水平方向に25メートルプールを 1往復半)の潜水を行い、その年の記録となった。

この時は、呼吸法の後、スーッと無心になれた。

ただひたすら無心になって泳げた。

たくさん潜ろうという意気込みもなく、ただただ心は静かであった。

精神はまったく静寂さの中にいた。水の中でウーンと唸る音だけが聞こえていた。

残念なのは、それ以降、どんなに頑張っても、50mくらいしか潜水が出来なくなってしまったことだ。

どこかにやってやろうという意識が残り、無心になることが出来ない。

無心になることが出来ないと、無駄な力が入り、酸素消費量も上がってしまうし、恐怖心や息苦しさが湧き起こってきて、どうしてもあの時の体験が出来ないのだ。

あれは、偶然であったのかもしれないが、何かを「超えた」と実感した体験だったのだと思う。

ある著書の中で、ジャックマイヨールは、フランス人らしく、徹底的な個人主義者であると書かれている。

「深度記録への挑戦やさまざまな実験は、多くの人々の労力と時間、巨額の資金が費やされて初めて成り立つものである。

にも関わらずマイヨールは、準備万端整い、いざ潜ろう、と言う段になっても、自分の体調や他の条件が適当でない、と感じたらその場で中止したり、場所の変更、順延を求めたりする。

まわりは振り回される。わがままと思われることもある。」という記述があるのだが、私はそうは思わない。

ジャックマイヨールは自分の命を賭けて、潜っているのだ。

今は大丈夫かもしれないが、あと1メートル深く潜れば、肺が高い水圧により潰されてしてしまうかもしれない(当時の潜水生理学では、人間が素潜り出来る限界は、40m程度と信じられていた)。

無事、目的の深さまで到達しても、浮上時にブラックアウトと呼ばれる低酸素症による突然の意識喪失を起こしてしまうかもしれない。

そんなひとつ判断を間違えれば命がなくなるかもしれない環境のもとで、自分の体調が優れないから、気分が乗らないから潜らないというのが単なるわがままなのであろうか?

ジャックマイヨールは、もし、潜らなければスポンサーは降りてしまうかもしれないリスクも十分理解した上で潜らないのだ。それを誰が咎める(とがめる)ことが出来るのだろうか?

このような発言は、命ギリギリまでの挑戦をしたしたとのない人の発言だと思う。

days

私は、ジャックマイヨールのように海中深くまで素潜りをすることは出来ないが、世界3大スポットのひとつと言われているフィリピンの海でスクーバダイビングで水深57mまで潜ったことがある。

フィリピンの海の透明度は高く、船の上からすぐ下に見えている海底に潜っても水深20mくらいになってしまう。

私は、ドロップオフと呼ばれる海底の崖に沿ってダイブマスターと一緒に潜っていった。海の底は知れず、スーッと吸い込まれていく。もし、止めてくれる人がいなかったらどこまでも吸い込まれていっただろう。

無重力状態で、限界が見えない水底に吸い込まれて行く時、自分の意識状態が変わっていく。

「永遠の静寂さ」というものなのか、うまく表現が出来ないが、日常生活とは明らかに違う意識体験をしたのだ。

まだ、ダイビングを始めて10本も潜っていなかった私は、後で「どうして付いて来たんだ!?」と怒られたが、止めてくれなかったので、一緒に行って良いものだと思って潜ってしまった。これには、水泳のインストラクターをやっていて水には慣れているという自信もあったのだが、今から思うと、やはり無謀であった。しかし、良い経験をさせてもらったと思う。

 

ジャックマイヨールは、自らピアノ演奏もした。

特にベートーベンのピアノソナタ「月光」を好んで演奏していた。

「月光」が醸し出す旋律が、水深105mのグランブルーの世界にいた心境を蘇らせるからだという。

聴覚障害を持つベートーベンが感じたものと、ジャックマイヨールが感じた海の底での響きと何か類似するものがあったのかもしれない。

私は、たまたまジャックマイヨールが自ら演奏していた「月光」を聞く機会があった。
ジャックマイヨールが演奏する「月光」を聞いた時、人間の能力を超えた世界記録を持つ超人の孤高の世界ととてつもない静寂の世界を愛したひとりの故人を感じ、また、いつの間にか自分のつたない潜水体験で感じたあの時の静寂な世界を再び感じることが出来た。

人間は、時には孤高の静寂さの中で過去の自分や現在の自分を超越出来る新たなる糸口を見い出せる生物体なのかもしれない。

人間は、やはり命あってこその生命体なのだと思う。

しかし、今生きていたとしても、死んだように生きていたとしたら意味がない。

一度しかない人生。

無我夢中になれるような情熱を向けるほこ先が見つかったとしたら、それに命がけで向かっていくうちに見えてくる扉があり、それをひとつひとつ乗り越えていくうちに「本物の自信」とやらがついてくる、そんなこともある。

ジャックマイヨールという超人的な世界記録を残した故人は、”自殺”という道を彼の人生の最後の道として選んだ。

今、目を瞑る(つむる)と、鮮やかなまでに彼の並外れた努力と、反面、それを感じさせない温かさと朗らかさ、何か人を包み込む気質のようなものが浮かんでくる。

ひとつの道を究めていくうちに、また、それを追求するほどに、時には、困難や裏切りに出くわすこともあるであろう。

しかし、その困難や裏切りこそが、苦しい心や憎しみこそが、本当の強靭な魂、思いやり、正しさ、正義、美しい心を育ててくれるのかもしれない。

”輝き”とは、いったい何だろう?

もしかしたら、それは、あらゆるものに動揺しない真の強靭な精神を持つ者から湧き出してくるある種のエネルギーのようなものなのかもしれない・・・。

Jacques1
ジャックマイヨールの直筆メッセージが
プリントされたTシャツです。
Jacques2
このTシャツは、ジャックマイヨールが
水族館で働いていたイルカが引退した後、
余生を静かな海で暮らす施設の資金を
作るために企画され、作成されました。

院長書き下ろし 生き方シリーズ

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